秀華OGハッピーサンマ!
24-10の「さっつーアンソロ!2」に掲載されたやつです。高校卒業3年目、ささぼきたが三人マージャン打つよ。
秀華OGハッピーサンマ
- 東南戦、35000点持ち、40000点返し
- トップ賞15pt、ウマは15pt–▲5pt–▲10pt
- ツモ損、符計算なし。後付け、喰いタン、ピンヅモあり。
- s5p5はすべて赤ドラ、鳴いてもドラ扱い
- 花牌4枚あり、抜きドラ
- テンパイ連荘
- トビでゲーム終了。0点ちょうどは続行。
- 途中流局なし。トリプルロン、ダブロンあり。積棒・親権は上家取り。
- 1本場1000点。ロンあがり1000点、ツモあがり2000点。
- オーラスはアガリ止め、テンパイ止めあり。トップの場合は終了。
- 役満(大三元・大四喜・四槓子)の責任払いあり
- 4枚使い七対子あり
- フリテンリーチ、リーチ後の見逃しなし
- チョンボは倍満払い
「おタバコはお吸いになりますかー?」
「禁煙で」
「設定はどうされますかー?」
「えっと、三麻で、一九残し?」
「あ……はい……」
「えーっと、あと赤8枚の花4枚でいいんだっけ?」
「あ、はい……全赤で……」
「じゃあそれで。あと、35000点持ちの、百点棒無しにできますか?」
「わかりましたー」
「あとは……そうだ、ハイパイとドラは?」
「あ、自動で……」
後藤に確認しながらメンバーに設定をお願いする。その様子を、喜多が不思議そうな、面白がってそうな表情で眺めていた。
ひととおりパイを入れ替えたり点棒をそろえたりしてから席を決める。やっと腰を下ろしたら、喜多がなぜか両手でほほを抑えながら、ため息なんかついている。
「なんだか呪文みたい。ギター初めたてのころを思い出しちゃった」
感慨深そうにしてるけど、それって中学卒業する直前の話だ。その頃は当然こんな場所――ジャンソーなんかには入れなかったし、マージャンなんてやり方も知らなかったわけで。
まあ、いまだに喜多がマージャンできるだなんて、ちょっと疑ってるんだけど。
とはいえ、いつまでもダラダラしてたら時間と金がもったいない。ウチはさっそく条件を確認した。
「で? ウチが負けたら、後藤からチケットを買えばいいわけ?」
「そう! ひとりちゃんの点数がさっつーより上だったら、ひとりちゃんからチケットを買ってもらいます!」
「いくらだったっけ?」
「1500円!」
「やす」
どんな高レートマージャンかと思っていたらこんなだ。まあ、このメンツでやるならそれくらいがちょうどいいだろう。
きょう、ウチはなぜかジャンソーにいる。
喜多と3人のグループがある。高校自体でも稼働率はそんなに高くなかったけど、卒業して3年、さらにこの1年は全くやり取りがなかった。そんなところに急なメッセがきた。なんだか懐かしい、後藤のウルトラスーパーやばい長文メッセ。とにかく長くて読みにくい説明を一言でまとめると、さっきの条件でマージャンを打ってくれという話になる。ただ、2人じゃマージャンにならない。そこで3人目の喜多を呼んだ。というか、3人目に喜多が名乗りを上げてたから、この3人のグループでお呼びがかかったわけなんだけど。
喜多はとにかく浮かれてる。なんとなくそれはわかる。でも、ウキウキしてる喜多には悪いけど、一応確認しておかな いといかないことがある。
「で? 喜多は?」
「え?」
「どっちの味方なの?」
「きょうはもちろんひとりちゃん!」
「三麻で2対1はダメじゃない?」
「え? そうなの?」
「うーん?」
喜多はきょとんと目を丸くしている。いや、今まで思いつかなかったのか。後藤も後藤で返答に困ってるらしい。無意味に指を組んだり解いたりしてもぐもぐ言葉を飲み込んでいた。
まあ、1500円ぽっちでうるさいことを言うつもりもない。もともと、懐かしいし、集まれるならなんでもいいくらいの気分でいた。
とはいえ、やるからには真面目にやりたいし、あんまり後味の悪いことにはしたくない。喜多の点数が絡まないんだったら、それこそ喜多がひたすら後藤に振り込み続ければ勝てるわけだ。まあ、喜多や後藤がどのくらいマージャンできるのかわからないけれども。
ちなみに、チケットの代わりに、ウチが勝ったらご飯をおごってもらえるらしい。値段が微妙なところだけど、向こうが提案してきたんだからありがたく乗っかって、おごってもらうことにしよう。
「とりあえず、喜多と後藤の合計がウチを超えてたらにしない?」
「点数の話?」
「そう。それから……そうだな、リーチ後の見逃し、フリテンリーチも禁止。出たら必ずあがるってことで」
「えっと……ひとりちゃん、大丈夫?」
喜多が後藤を振り返る。後藤は静かにうなずいた。
「あ……はい……大丈夫です」
「ほんとに……?」
「はい――」
不安そうな喜多を横に、後藤はしっかりとうなずいた。
「――それで、大丈夫です」
ゲームスタート
「ツモ――」
「リーヅモ白、5。6000–10000」
「は、はい……」
「わたし、何点?」
「10000点。赤1本」
「これでいい?」
喜多が赤の点棒を取って差し出してくる。
「うん」
「これ、なんて役なの?」
「え? リーチ・ツモ・白・ドラ5。1、2、3、4、5」
「えっと、リーチ、ツモ、ハク……8ハン……8ハンだと……」
指折り数えた喜多は、壁に貼ってある点数表を眺め、納得したようにうなずいて視線を卓に戻す。まあ、得点計算なんてメンドウだからみんな似たようなもんだけど。それにしても、やっぱり喜多は初心者、それもかなりの初心者だ。
次のハイパイを取る。喜多は相変わらず両手でモタモタリーパイしてるし、ときどきカンペみたいなやつと見比べながらマージャンしてる。後藤が、ずっとうつむいてるわりにサクサク進めているのとは対照的だった。
喜多を心配しつつ、ちらちら見てたら目があった。ニコッとほほえんでちょこんと首をかじげている。
「なあに?」
「いや、なにそれ」
「え?」
「その、カンペみたいなやつ」
「これ? 伊地知先輩が作ってくれたの」
貸してくれたカンペはA4サイズの表裏で、ざっくりマージャンのたたかい方が書いてある。とりあえずリャンメンつくろうとか、リーチ・タンヤオ・ホンイツをめざそうだとか。 手描きのイラストまで添えられていてデキがハンパない。ただ、マンズとチーがあるから四麻用だけど。
「へえ。すご。わかりやすいじゃん」
「でしょ? マージャン教えてくださいって言ったら作ってくれたの!」
ホントは何枚かあるんだけど……といいながら喜多は楽しそうに話す。ウチはウンウンとだけあいづちを打っていた。その間、後藤は、どこか申し訳無さそうにモジモジしている。
その動きにピンときた。カンペを返しながら、喜多にそれとなくたずねてみる。
「あのさ」
「うん?」
「マージャン、いつ覚えたの?」
「えっと、2週間前かしら」
2週間前っていうと後藤のメッセが来る少し前。やっぱりだ。
「わざわざ、きょうのために覚えた、ってこと?」
「そう!」
「なんで?」
「だって、ひとりちゃんが自分から言い出してくれたことだから」
喜多につられて後藤を見る。注目になれない後藤は、2人の視線を受けて縮こまっている。
ははあ、なるほど。喜多の後藤愛は、高校時代から中々の ものだった。なんだろ、敬愛っていうか尊敬っていうか。うまくいえないけど、後藤に対してなら、なんでも、できるかぎりのことをしてあげたいって気持ちがダダもれなのは、横から見ててもよくわかった。
ただ、まあ、喜多のことだから、それが行きすぎたりヤバすぎたりして、かえって後藤をボコボコにすることも多かったんだけど。
ともかく、だ。喜多は今日の試合に、かなりの気合いを入れて臨んでるみたいだ。後藤も、こんなに応援されちゃ引くに引けないだろう。とはいえ、ウチだって簡単に負けるつもりも、お情けで負けてやるつもりもない。やるからには真剣勝負、きちんとマージャンをやるつもりでいた。
ウチと後藤がトップを取り合って3戦目。東発から後藤が早いリーチを打つ。様子見に合わせているウチをよそに、z24仕掛けた喜多が、濃いところをバンバン通していく。助かるっちゃ助かるんだけど、初心者特有のなんも考えてないだけなのか、親だからなのか。それともホンモノなのかがいまいちわからない。見えてる範囲で北のみだけど、ホンイツでもなさそうだし、トイトイか、それにしちゃあいろいろ見えてないからイヤだなあと思っていた。
2段目の終わり、後藤が苦い表情を浮かべて2枚目のz3をツモぎる。
「あ! ロン!」
喜多が意気揚々と手を倒す。
手が開いた瞬間、後藤が滑り落ちた。比喩じゃなく、ホントに頭1つ分ズルっといった。いや、まあウチもびっくりしたけど。ビギナーズラックってほんとにあるんだなって。
あがった喜多が、慌てたように立ち上がる。のそのそと元の位置に戻る後藤に、心配そうに声をかけている。
「ひ、ひとりちゃん、大丈夫?」
「あ、はい……だいじょうぶ……あ、お、おめでとうございます……」
「ありがとう。これ、ツーイーソー?であってる?」
「あ……だ、ダイスーシーもつきます……」
「すごい! 32000点?」
「えっと……親なのと……」
「じゃあ、48000点!」
「ええっと……」
後藤がうつむく。喜多が畳み掛けるから困ってる。このままほっといても面白いからいいんだけど、マージャンが進まないのは困る。
ウチは、笑って身を乗り出し、2人の間に入った。
「ダイスーシーはどうするん?」
「どうって?」
「ダブル? トリプル? ありなの?」
「どういうこと?」
ポカンとしてる喜多に、手短に教えてやる。48か96か144か。後藤は気の抜けた表情でうなずいてるだけだ。
説明が終わると、喜多は目を回しながら首を振った。
「えーっと……わたし、マージャンのことはよくわからないから……」
「だってさ。後藤は?」
「え……えと……」
後藤はうつむいたままだ。いや、点棒でも見てんのかな。だとして、リー棒出しただけなんだから、どっちに取ったって変わんないだろう。
しばらく黙ってから、後藤が、風にかき消されそうな声で言った。
「ど、どちらでも……佐々木さんが、決めてください……」
まあ、そうなるか。ツーイーソー・ダイスーシー。おまけのダブ東・北。ご祝儀がわりに役満の複合くらい認めてやったほうがいいだろう。どう見たって喜多は初心者なんだし。人生最初の役満なんだろうから、高いほうがいい。どうせ、ウチの点数は関係ないんだし。
かといって、めったにないことだけど、スッタンだのコクシ13メンだのがでても困る。サンマだからないとも言い切れないし。
「じゃ、96000。複合はありでいいけど、ダブルはなしで」
「わかったわ!」
「は、はい……いいと、思います……あ、点棒は足りないので……えっと……62は、112、です……」
第3ゲーム終了
ささき | ひとり | きた | |||
---|---|---|---|---|---|
+ | - | + | - | + | - |
31 | 115 | 84 |
スコアシートを眺めながらしばらく考えていた喜多が、顔を上げた。表情はすこし困惑気味というか。せっかくダブル役満をあがったわりにはさえない顔だった。
「ねえ、さっつー?」
「うん?」
「わたしとひとりちゃん対さっつーってことは、さっつーをマイナスにしないと勝てないのよね?」
喜多は真面目な顔をしている。ウチもキョトンとしてしまう。
いまさらそこに気づいたか、というような、もうそこに気づいたのか、というような。ウチがうなずいてみせると、喜多は少しだけ首を傾げて考え込んでいる。
「じゃあ、せっかくツーイーソーあがったのに、さっつーはまだ勝ってるってこと?」
「それは、まあ」
「さっつーの、このマイナス10点って何点?」
「え? 1万点?」
ウチの答えに喜多はしょんぼりした声で背もたれに背を預ける。
「96000点が1万点……」
そんなにしょげると思わなかった。ダブル役満あがってこれじゃ、あがられたほうはたまらないだろう。いや、ウチはかすりもしてないし、面白いから全然いいんだけど。
そのあとも喜多は少し悔しそうに唇をとがらせている。こらえきらなくて笑ってしまう。笑っていると、喜多はじとっとウチのことを見つめてきた。
「さっつー? どうしたの?」
「いや、つかんだ後藤がかわいそうだなーって」
「あ……! ひとりちゃん、ごめんなさい、そういう意味じゃなくて……」
「あ……大丈夫です……どのみちラス牌ですし、あがってあたりまえだし、喜多ちゃんには、ふつうに打ってもらえたら……」
「そうするけど……」
気を取り直して再開。4戦目。まあ、ビギナーズラックはあるとしても、そうそう続くものじゃない。やっぱり息切れしてしまう。
喜多はよく仕掛けるけど、後藤は逆に1つも仕掛けないことが多かった。当然、後藤からはリーチがよく飛んでくる。ウチはほどほどに押したり引いたりするけど、喜多からはいろんな物が出てきた。
「ろ、ロンです――」
「ああ……」
「すみません……リーチイッパツ・ハツ・ドラ・赤・赤・花・花。24000は26000点です……」
喜多が悩んだ末に打ったp5に後藤が手を倒す。喜多と後藤で打ち合ってくれればウチは助かる。極端なことを言えば、トップになれなくても毎回プラスで終わればウチの勝ちってことだし。まあ、そんな志の低いことをいってても仕方ないし、オモロくないから適度に押して、適度にあがって、時々刺さる。
それにしても、ツーイーソーで運を使い果たしたのか、喜多がしばらくあがってない気がする。しかも押しては刺さる。いや、まあ、鳴いてて短いと守りにくいとはいうけど、それにしたってよくつかむ。そして出す。
「ロン――」
「中、9。24000。26000」
第6ゲーム終了
ささき | ひとり | きた | |||
---|---|---|---|---|---|
+ | - | + | - | + | - |
130 | 57 | 73 |
「後藤4?」
「は、はい……プラス9はプラス4……」
「喜多は……3トビは53か」
「うう……ツーイーソーのリードが……」
「三麻だしなあ」
「マイナスになると50点も引かれちゃうなんて……」
「トップ取れば取り返せるじゃん」
「そうだけど……」
喜多がすねてるような恥ずかしがるような、微妙な顔で唇をとがらせている。まあ、最初に大きな手が出ちゃっただけに、連続ラスはイヤなんだろ。ただ、これはいちおうチーム戦なんだから、合計の心配をしたほうがいいと思うけど。
スコアシートを置くと、横から声がかかった。
「あ、あの……席替え、しませんか」
後藤は手元を見つめたままボソボソ言う。たしかに、半分終わったところだし、きりがいいかもしれない。喜多も乗り気だ。ヤマをひっくり返して風を探す。適当にかき混ぜて二人に引かせると、ウチと喜多が交代になった。これで、仕切り直しといったとこか。
「がんばるわよ!」
座り直した喜多が、元気にハイパイを開ける。その様子が中学のころから1ミリも変わってなかったから、思わずフフッと笑ってしまった。
「さっつー、なに?」
「ごめん。いや、変わんないなーと思って」
「え? なにが?」
「ううん。喜多のそういうとこ」
「……バカにしてる?」
「うーん。半分くらい」
「もう!」
軽口をたたきながらゲームを進める。やっぱりウチらはこうじゃないと。喜多のこういうところは好きだ。
雰囲気は悪くないけど、ゲームの展開がどちらに転ぶかは、やってみなくちゃわからない。
「ロン――」
「リーチ・チートイ、2、4。18000は19000」
「はい……うう……また無くなっちゃった……」
「しゃーないな」
「……うん。次、がんばる……」
しょげてる喜多には悪いけど、マージャンなんだから出たらあがる。ウチはふつうにあがればいいんだし。7戦目はトッ プ。これでトータルは183ptの浮き。だいぶ差が広がった。
とはいっても三麻だし、セイフティリードなんてあってないようなもん。まだ半分残ってるんだし。ただ、後藤と喜多がどう受け取ったかはわからない。もう後半戦、半分しかないと考えると少し気が急くかもしれない。
8戦目は開局からウチがオヤマン、5800とツモ。その後はお互いにあがれないまま回る。
展開が少し厳しい中、親番・後藤の手が止まる。待ちの確認でもしたか、少しためてから千点棒を取り出した。
「あ……り、リーチ、です……」
喜多が1枚ツモって、しばらく悩んでからs9を切る。セーフ。ありがたくあわせておく。後藤ツモ切り。イッパツはない。喜多は続けてs9をトイツ落とし。ウチはしばらく様子見だ。
何巡かしたところで卓の動きが止まった。後藤が1枚ツモったところで固まっている。
なんだろう、カンでも考えてるのか。持ってきたパイを穴のあくほどじっと見つめたまま、ピクリともしなくなった。
そっと顔色をうかがっていた喜多が、おずおず声を掛ける。
「ひとりちゃん? だいじょうぶ?」
「あ、え、あ……す、すみません……」
後藤はビクリと肩を震わせて、結局s6をツモ切った。どうも動きがぎこちない。あと、まばたきというかなんというか。表情もさえない。なんだろう、カンできなかったのか見間違えたのか。それともモーパイ、ミスったか?
いや、きょうび、モーパイなんてするやつのほうが少ない。そもそも後藤は指先でつまんで持ち上げてたからモーパイのチャンスがなかったと思う。まさか安目の見逃しでもしたか? でも、それは禁止にしたはずだ。忘れるわけないとは思うけど、ウッカリしたんだろうか。
いろいろ怪しい。ただ、どれが正解かわからない。そのまま何事もなく回って流局する。
喜多がホーテーを切った後、後藤が深々と頭を下げてきた。もし卓がなかったら、そのまま地面に土下座してそうな勢いだ。ウケるより先にビビる。喜多も同じだったようで、心配そうな、じゃっかんヒキぎみな声で腰を浮かせた。
「え……? ひとりちゃん?」
「あ……ご、ごめんなさい――」
「あ……そ、の……これ、ちょ、チョンボ、に、なりますよね……?」
「えっ?」
「あ……いえ、その、見逃し禁止、なの、忘れてて、安目、切ってから気づいたんですけど……」
後藤がヘラヘラした表情で自分の河のs6を指差す。喜多の小さく息を吸う音が聞こえた。
「あ、あはは、や、やりすぎ、ました、ね……」
「まあ、チョンボだな」
「あ、はい……す……すみません……あ……さ、三麻は、バイマン払い、ですか……」
「そっか。そうかな?」
後藤がヘラヘラしながら点棒を取り出す。親だったから12000オール。リー棒は戻るけど、31だった点差が広がり、親も流れてラス目に沈んでいった。
第9ゲーム終了
ささき | ひとり | きた | |||
---|---|---|---|---|---|
+ | - | + | - | + | - |
211 | 132 | 79 |
チョンボのあと、後藤は気味が悪いほど静かだった。次は喜多があがりまくってトップになる。オヤカブリの差でラスはウチだ。
集計の合間にチラッと見ると、トップになったってのに喜多の顔色は暗かった。まあ、流石に気づかなかったはずがない。あのs9はイッパツ目だったんだし。ただ、どこまで状況を把握していたかはわからない。
後藤も後藤で、どこまで考えていたんだろう。ただ、たぶん後藤はわかってて倒さなかったんだから、それはそれでいいと思う。やりすぎかもしんないけど、ウチはそういう、ちゃんと上を目指していくやり方はキライじゃない。ルールさえ ルールだったなら、後藤はその賭けに勝ってたんだし。
しかし、どうも空気が重い。切り替えようったってそう簡単にはいかない。ウチは、スコアシートを置くと立ち上がった。後藤がビクリと肩を震わせて、前髪の間からみあげてきた。
「さ、佐々木さん……?」
「ちょっと休憩。いいっしょ?」
「え?」
「お手洗い」
「あ……はい……どうぞ……」
しんと黙り込む2人を後にして、とりあえずトイレ。用を足してから、そのまま端の喫煙スペースに足を向けた。
やるからにはガチでやりたいんだけど、だからといって辛気くさい空気にしたいわけでもない。つまんないと思って帰ってほしくなもない。なにより、喜多はこの日のために頑張ってたみたいだし。
ゆっくり、息を吸って吐く。白くくもった煙が、立ち上がるそばから空中に消えていく。
ウチにできることなんて、きっともうないんだろう。あの2人が立ち直ってくれることを祈るしかない。せいぜい、2人をがっかりさせないようにマージャンを進めることくらいで。その結果がどうなったって、もう恨みっこなしだ。
卓に戻ると、どんな魔法を使ったのかわからないけど、しょげていた喜多が元気を取り戻している。そうそう、こうじゃ なくちゃつまらない。喜多にはいつだってキラキラしててもらわないと困る。座ってゲームを始めながら、チラリとトイメンの後藤をうかがう。こっちはどうだろう。喜多ほど元気じゃないけど、平常運転といわれたらそうかもしれない。後藤が元気なときって、だいたいやらかす直前だった記憶があるし。そんな、懐かしい思い出がふわりと浮かんで消えた。
再開してすぐ、元気を取り戻した喜多が、意気揚々とパイを曲げる。
「リーチです!」
ウチらが様子見をしていた数巡後、今度は、パイを置いて元気にツモった。
「ツモです!」
「リーチ・ツモ・ドラが、1、2、3。親は……12000点!」
「あ……あの……ハネマンです……」
「え?……あっ! 4だわ! えーっと……18000点!」
「うん。9000オール」
開局早々に、喜多のツモ。そのあとも、喜多はどんどんリーチを打ってくる。なんとかかわしたり、ぶつけてみたりと試みる。後藤はあい変わらず静かに見えて、ときどききちんと手を入れてくる。
「あ、ツ、ツモです――」
「北・ドラ3・赤・花。9000オールです」
「ドラアンコかー」
「あ、はい……」
「入るなあ」
「あ、えっと……」
「いやいや。いいって。1000バック」
「あ……はい、1000点……」
2人のコンビがよくハマった。喜多は目をキラキラさせながらマージャンを打っている。そうそう。やっぱり楽しくなくちゃ。面白くやらなくちゃいけない。初めのうちが楽しくなかったら、たぶん続かないだろう。
場が盛り上がり、ウチの点数は下がり。2ラスを引かされていよいよ最終戦が始まる。喜多が両手でほほをたたいて気合いを入れる横。トイメンの後藤がボタンを押す。
その直前、驚くほど温度の低い視線でサイドテーブルのスコアシートを眺めていた。
第12ゲーム終了
ささき | ひとり | きた | |||
---|---|---|---|---|---|
+ | - | + | - | + | - |
98 | 97 | 1 |
その最終戦はお互いにあがり、あがられを繰り返した結果、小さく終わった。結局、なんとかプラスを守って終われたから、ウチの勝ちだ。喜多はガラにもなくしょげてる。いつもみたいなキラキラしたオーラがない。後藤も36000点残して終わった点棒を見つめて黙っている。
いやいや。まあ、後藤が言い出しっぺで喜多がノリノリで、たぶんふたりなりに気合いを入れて来たんだろう。ウチだって、中盤たまたま手が入ったから勝てたようなもんで、ちょっとヤマがズレてたら負けてたかもしれない。それこそあのダイスーシーをつかんでたのがウチだったら、とっくに終わってたはずだ。
でも、そんなこと気休めにならないのはわかってる。そして、運が絡むゲームなんだから、思い通りにいかないってことも。だけど、最後、盛り上がってきたあたりで終わってしまったから、不完全燃焼なんだろう。
どうも気まずい。いっそのこと、チケットくらい買ってやろうか。大した出費じゃない。べつに情をかけてとかじゃないけど、こんなにがんばったんだし、大した金額じゃないし、行くかどうかは別にして、買って助けてやるくらい、別にいいじゃないか。むしろ人助けと思えば、募金箱に同じ金額を突っ込むのと同じことだ。後藤と喜多に渡す金なら、多少懐がさみしくなっても全然構わない。
そう思って、口を開きかけたときだった。
うつむいていた後藤が、ゆらっと顔を上げた。目が合う。 記憶にもないような、真剣で透き通った視線に、思わず身が固くなる。
「あ……あの、佐々木さん……」
「……うん?」
「え……延長、戦……お願いできないでしょうか……?」
「え?」
「まだ時間もそんなに遅くないですし、三麻なら周りも速いし、なんなら東風戦にしてもいいし……」
後藤はしばらくモゴモゴと口の中で言葉を転がしていた。
「あと……あと……ご飯、もう1回、おごります……」
しおれそうな声でつけたす。せわしなく肩を揺らしながら。喜多が口をおさえてじっと見つめている。その横顔には驚きと期待が入り交じっている。
ウチは、フッと笑ってうなずいた。
「わかった。合計2回な?」
「え?」
「ルールはこのままで、もう3ハンチャン。その代わり、それでほんとに終わり。その分、2回おごりで」
「あ……ありがとうございます……」
後藤はホッとしたように胸をなで下ろしている。いやいや、まだ早いって。でも、後藤の方からこんな積極的にアプローチしてくれるなんてうれしい。喜多も気合いを入れ直している。結果がどうなるにせよ、たぶん、これが一番の正解だと思える。
延長戦に入っても、喜多は相変わらずのリーチ作戦。そして、それがかえって結果につながった。
「ツモです!」
「リーチ、ツモ、えっと、1、2、3、4、5、6、7。……16000点?」
「うん。6000–10000は10000–140000だな」
「あ、4本場!」
「そう」
三麻だから手の進みが早い。ドラはたくさんあるけど、ポンするよりリーチしてツモったほうが高い。ポイント差があるから、少しでも高い手が欲しいはず。
それに、いまはウチの点棒を削るのが目的で、ウチからロンするか、2人のどちらかがツモればいいわけだ。喜多の手の進みはどうもおぼつかないけど、後藤からすれば、喜多にはリーチしてもらって、そこから降りておけばいい。
たぶん後藤が言い含めたんだろう、喜多のリーチ作戦はなかなかうまくハマっていた。
もし、これがもう少し早かったなら。延長戦になんか成らなかったかもしれない。もし・たら・ればを言い始めたらキリはないんだけど。延長戦第2回戦、後藤のリーチをウチが追いかけた後。
「ロン――」
「リーチイーペー4。12000は15000」
ウチとのめくり合いに負け、p6をつかんだ後藤が点棒を置いて、フーッと深く息を吐いた。喜多は何か言いたそうに後藤を見つめていたけど、少しとまどった末、黙ってパイを落とした。
それにしても、なんというかよく出来てる。出来すぎてるっていうか。マージャンはゲタをはくまでわからない――そんなことわざの通りだ。まあ、ゲタなんてはいたことないけど。
14回戦、トップをひろったウチはトータル97pt。喜多が難しい表情でスコアシートを呆然と眺めながら、ポツリとつぶやいた。
「さっつーを……マイナス……47000点……?」
トビラスで50pt引かれるから、その計算は正しい。
なにか声をかけようか、そっとしておくべきか迷う。まさか、テンパイしたら打ってやるなんて口が裂けても言えない。そんなことをするつもりもない。
トイメンから、小さな声が聞こえた。喜多が振り向く先で、後藤がななめ下を見ている。
「あ……あの……48000です」
「……え?」
「えと……あの、ゼロだと引き分けなので。勝つには、マイナス、48000点、です」
後藤は点棒を数えながら、静かに言った。その声はひどく落ち着いて聞こえた。喜多がつばをのみ、うなずく。ウチは1つ息を整え、スコアシートを置くと、最後のゲームに向き合った。
延長戦の最終戦。ウチと喜多のアガリ合戦になる。東場の後藤はいい所がなかった。
ところが、南2局。親番の後藤が粘りに粘る。あがってあがって3本場。中盤になって手を開けた。
「ツモです――」
「ツモ・ドラ・赤・赤・花・花。9000オールは12000オールです」
「おお……刻むなあ……」
不思議な気持ちだった。だんだん点棒がそろってくる。ただ、残りは4000点。というか、喜多がもう1000点しかない。刻むのは、ここが限界だ。
それでも。もしかしたら。
後藤なら、やるかもしれない。
後藤が、ボタンを押す。ハイパイの上がる軽い音に続いて、卓の中でゴロゴロと混じり合う。
使われるかどうかもわからないパイたちの音を聞きながら、ウチらは無言で、きっと最後になるだろうヤマに手を伸ばす。
中盤に入るころ。後藤が固まった。なにかを持ってきて固まった。なんでもありそうな河だ。ドキッとする。
後藤は黙ってツモハイを見つめている。この光景はさっきにも見た。待っていたら、突然うーっと小さくうなりはじめた。
もしも卓がなかったら、マージャンの最中じゃなかったら、後藤はそのまま床でゴロゴロ転がり出したかもしれない。なにか、そんな予感がする。ツモハイをつまんだり離したり、全く無意味な動作を繰り返しながらうなり続ける。
息が切れたのか、後藤が大きく息を吸った。そのタイミング、喜多がおずおず口を開く。
「ひ、ひとりちゃん……?」
後藤はハッとしたように目を見開き、手元のツモを確認してからゆるゆると首を振る。手でつまんでいたパイをひっくり返した。z1だ。z1が後藤の手元にそっと置かれた。ゾワっと首筋がわななく。
「すみません……ツモ、ツモです……コクシムソウ。24000オール……え、と、28000オールです……」
第15ゲーム終了
ささき | ひとり | きた | |||
---|---|---|---|---|---|
+ | - | + | - | + | - |
28 | 51 | 79 |
「すご……」
まさかほんとに入るとは思わなかった。いや、入ったというより入れたのかもしれない。
スコアシートをやぶって立ち上がる。2人が見上げてくるのに、手を振って答える。
「じゃ、とりあえず1回」
「イッカイ?」
キョトンと見上げてくる喜多。まだ余韻に浸っているのか、ぼうっとしている後藤。2人の顔を見て伝票を回収しながら、ウチは言った。
「おごってよ。飲み、行くでしょ」
「はは、やべーな、それ」
「そうなのよ。リョウ先輩ったらいっつもひとりちゃんを連れ回して――」
居酒屋で感想戦もそこそこに近況報告をする。少し酒が入ってよくしゃべる喜多を前に、そもそもなんでマージャンなんてやってんのかとか、最近のバンドがどうとか、そんな話題に花を咲かせる。
「それにしても、マージャンってむずかしいのね」
「あんな役満あがったのに?」
「そ、それはそうだけど。わたし、ひとりちゃんの足を引っ張ってばかりで」
「あ……い、いや、そんなこと……喜多ちゃんがトップを取ってくれなかったら、勝てなかった回もありましたし……」
「ありがとう、ひとりちゃん。でももっとがんばるから!」
「お、次は来年か?」
「そんな先じゃないわ!」
「ライブのチケットはいらないんだよなあ」
「だから意味があるんじゃない!」
話が弾んで盛り上がる。後藤はまだおずおずしてたけど、それでも楽しそうに過ごしていたと思う。とにかく、2人とも満足そうで何よりだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。適当な時間で切り上げて帰路につく。
駅で帰る2人と分かれる。1人で階段を登り、プラットフォームに出ると、涼しい夜風に顔を洗われる。
「ウチだけ、役満あがれなかったな」
こぼしたひとりごとが、ホームの放送にかき消されてしまった。勝っちゃったんだから、チケットは買えない。
次こそ負けてチケットを買わされたいような、また勝って、買わなくて済みたいような。そんな2つの気持ちがふわふわしているばかりだった。